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今から約6000年前から4000年前の縄文時代、岩手県では北緯40度を境に円筒式土器と大木式土器という2つの土器文化があり、これらの土器はお互いに影響を与えながら発展してきました。八幡平市は2つの文化が接する北緯40度に位置し、市内の遺跡からは両文化の融合土器も出土しており、太古から文化の交流があったことが伺えます。
昭和50年代、八幡平市合併前の旧西根町、旧松尾村、旧安代町では、東北自動車道の建設に先立ち、岩手県埋蔵文化財センターによって発掘調査が行われました。その時の出土品が約40年ぶりに里帰りし、当館で展示しています。また、縄文時代晩期のストーンサークル・松尾釜石環状列石から出土した遮光器土偶、文字の読み書きのできない人にも理解しやすいように農具や生活用品、十二支の動物など、身近な絵で農作業の目安を表した「田山暦(安政7年)」も展示しています。
このコーナーでは、主に八幡平市内の遺跡から出土した考古資料とともに遺跡から発見された竪穴住居跡等の写真パネルなどを用いて、太古の時代に八幡平市で暮らしていた人々の足跡を紹介しています。
円筒式土器と大木式土器
釜石環状列石出土土偶
田山暦