8ページ リンドウ産地の礎を築いた 八幡平市 名誉市民 吉池貞藏(ていぞう)さん逝去  本市の名誉市民である吉池貞藏さんが、8月28日ご逝去されました(94歳)。  謹んで哀悼の意を表するとともに心からご冥福をお祈りいたします。  本市の名誉市民であります吉池貞藏様のご逝去の報に接し、深い悲しみと喪失感を禁じえません。ここに、謹んで哀悼の意を表します。  吉池様は、長野県の出身で、千葉大学卒業後、盛岡農業高等学校教諭や岩手県園芸試験場勤務などを経て、安代町農林課技術顧問、安代町花き開発センターの初代所長を務められました。その間、情熱と優れた知見をもって「安代の秋」をはじめ数多くのオリジナル品種を作り、安代町、八幡平市を日本一のリンドウの産地へと発展させるために大きく貢献されました。  これらの功績により、平成元年に岩手県知事表彰、3年に科学技術庁長官賞、9年に自治大臣表彰、10年に安代町勢功労表彰を受賞。24年には瑞宝双光章を受章され、令和4年11月3日に八幡平市名誉市民の称号を贈呈させていただきました。  吉池様が生涯をかけて愛し、育んでこられたこの地を、さらに素晴らしいリンドウの産地として次世代へ引き継いでいくため、今後の市政運営に全力を尽くすことをお誓い申し上げます。  吉池様が残された偉大な業績に深く敬意を表し、ご生前の安代町、八幡平市との親交に深く感謝を申し上げるとともに、謹んでご冥福をお祈りします。  八幡平市長 佐々木孝弘 松尾鉱山資料館だより 問い合わせ先(電話78-2598)  松尾鉱山経営の私学誕生  大正3(1914)年に松尾鉱業株式会社が設立され、本格的に操業を始めると、地域人口は増加。子どもの数も増えていきました。5(1916)年、元山地区(現在の緑ヶ丘)に「寄木尋常小学校の分教場」(1学級、複式、児童39人)が開校すると、並行して会社は、同年中に山神社南側への新校舎整備に着手。完成後は分教場を新校舎に移転させました。翌6(1917)年には同所が「私立松尾鉱山尋常高等小学校」として認可され、分教場から独立。こうして鉱山経営の私立学校が誕生することとなりました。  その後、戦後の学制改革を経て、昭和30(1955)年に、松尾鉱山小学校の児童数は1,500人を超え、県下1、2を争う大規模校となるに至ります。  同校は翌31(1956)年に旧松尾村に移管。昭和31年4月には、松尾鉱山小学校のほか、松尾鉱山中学校、屋敷台中学校、屋敷台小学校の4校が松尾村立学校として再スタート。鉱山とともに歩んだ私立学校の時代に区切りをつけ、公立学校として新たな歴史を歩むこととなりました。 企画展 松尾の鉱山 心に生きるふるさと『われら学園時代』  松尾鉱山の子どもたちが通った松尾鉱山学園(元山 屋敷台)を写真で紹介する企画展を開きます。 期間 9月19日(土曜日)から11月3日(火曜、祝日) 月曜日休館(月曜日が祝日の場合は翌平日) 時間 午前9時から午後4時半まで(午後4時までに入館) 場所 松尾鉱山資料館 入館料 無料 見どころ (1)学校の沿革  元山 屋敷台地域の学校の歩みを年表で紹介するとともに、学校の場所も地図で解説します。 (2)児童が制作した8枚の美術作品(初出し)  昭和37年当時の松尾鉱山小6年生と推察される児童が、卒業作品で制作した精緻な貼り絵を展示します。 (3)公立移管前の校旗(初出し)  屋敷台分校の校旗を展示します。