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連載コラム(最終章) 読者のみなさまへ

読者のみなさまへ

 八幡平との最初の出会いは、新聞社記者として働き始めて数年が過ぎた晩秋のことでした。これまでの人生経験では立ち向かえないくらい、追い詰められる出来事がありました。

 そんなとき、本屋の立ち読みでたまたま手に取った、秘湯のにごり湯をテーマにした本をぱらぱらめくっていると、あるページで手が止まりました。ブナの原生林に囲まれた八幡平・松川温泉の青みがかった露天風呂の写真でした。

 気づいたら旅立っていました。遅まきながらですが、これが私にとっての初めての東北で、かつ思い出深い一人旅となりました。宿に向かう途中、大橋から見下ろした渓谷の紅葉がとても美しく、以来、四季を通じて足を運ぶ場所になりました。

 いつか隠居することになったら、こんな場所で暮らしたいなあと漠然とだけど思うようになりました。

 2014年春、思ったよりも少し早いかなとは思ったけれど、会社員生活に区切りをつけて、八幡平市で暮らすことになりました。初めは、都会の秒刻みのあわただしさから一転、旅で味わったようなスローな時間が、ここには流れているにちがいないと思っていました。

 ですが、ひょんな流れで地域おこし協力隊として働くことになったからなのか、ここで暮らすということそのものが、そういうことなのかはなんとも分からないのですが、ごった煮でファジーな人間関係の渦にあれよあれよと巻き込まれ、忙しく日々が過ぎていきました。

 こんなふうに翻弄されていく感じ、キライじゃない。一方で、旅人としての目も次第に色褪せてきて、ただただ調子よく巻き込まれているだけの自分が、とても無力で、もどかしく感じ始めてもきました。

 朝早くから腰が折れ曲がったおじいさんやおばあさんが、せっせと農作業をする姿を見ていたら、隠居したいなんて言っていた自分がなんだかバチ当たりのように思えてきました。地域の行事ひとつとっても、それが本職かそうでないかは関係なく、それぞれができる範囲で役割を果たし、あうんの呼吸でもって長年維持され続けてきたさまには、お金を出して楽しみとして享受する側だけだった私の狭い世界を、打ち砕いてくれました。

 じゃあ、私の役割ってなんなんだろう。私がここで何ができるんだろう。分からないまま半年が過ぎたある夏の暑い日でした。やれやれといった表情を浮かべた役所の方から「これから七時雨山の知る人ぞ知る一本桜に、木のお医者さんが来て、なにか調べるらしい。急に立ち会えって話になったんだけど、暇そうにぽけーっとしているおまえさん、行くか」と声をかけられ、ついていくことにしました。

 駆けつけると、すでに心配そうに調査される桜を見上げる地元の人たちがいて、私は彼らのやりとりに耳を澄ましました。そんなときでした。もうずいぶん長い間、灰色でモノトーンだった私の世界が、キラッと、色鮮やかに変化する瞬間を感じたのは。まるで恋の魔法にでもかかったかのように。書きたい。気づけば体中から、ありとあらゆる言葉がほとばしってきて、止まらなくなっていました。

 新聞社を辞め、もう二度と公に向かって書くことはないだろうなと思っていました。切れない包丁が全く意味を持たないように、書けない新聞記者になってしまった自分を罰しながら、余生を生きていくんだろうなあと思っていました。

 人は何がきっかけで変わるか本当に分からないなあと思うのですが、そのときに綴った文章が、八幡平市のホームページで始まった連載コラム「八幡平への恋文」の第1回目となりました。

 「恋文」という甘酸っぱいネーミングは当初、名付けた自身でさえ、ちょっと大げさじゃないかと思いながら、恥ずかしさ半分でつけたものでした。ですが、はからずも回を重ねていくうちに、本当に「恋文」となっていったのには、自分でも驚きでした。

 記事がアップされると同時に印刷し、その時その時に出会った人たちに、直接届けに行くという行為は、まるで子供のとき、片思いの子を校舎の裏側に呼び出して、ラブレターを手渡しにいく前の心境のように、私をどきどきさせました。思いを告げたが最後、それでフラれてしまう可能性だって大いにあるわけで。

 読み返してみると、早くこの土地の人たちに馴染もうと力みすぎてしまって、アイタタタ、と今では目も当てられないものもあれば、しがらみにがんじがらめになってしまった結果、傷つけてしまったらどうしようと、奥歯にものがはさまったような歯切れが悪いものもあります。

 一方で、その土地の人になりきれない宙ぶらりんの立場だからこそ迷わず伝えられて、悔いがないものもあれば、何度も何度も書き直していくうちに冷静になった末、出すのをやめてしまったものもあります。

 恋というのは気まぐれなので、どうかお許しいただければと思います。

 ぽろっと弱音を吐か出せていただければ、「地域おこし協力隊」という立場上は当然といえば当然なのですが、地域おこしとはこうあるべきといった、声高な主張ほど一人歩きしていく恐ろしさとは、常に隣り合わせでした。

 「都会」と「地方」という二極化のコントラストでもって、知らず知らずのうちに「よそ者の視点」から大言壮語を迫られ続けている。そんな「無言の圧力」に何度押しつぶされそうになったか分かりません。

 それは、東日本大震災後の「原発は賛成か反対か」といった議論や、昨年、盛んになった安保法制をめぐる国会前のデモへの違和感とも通ずるものがありました。いずれも、本来はもっと間口が広いテーマのはずなのに、いつのまにか両極へと集約化されて、大きな言葉と表面的なパッションでもって凝り固まっていく不気味な空気です。

 そんな目には見えない大きなうねりが覆い尽くす閉塞した空の下で、私は八幡平という場所で「内」にも「外」にもどちらにも与みすることなく、与えられた器が何であるか、また、その器の大小に関係なく、自分のものとして受け入れ、日々を過ごしている、尊い人間と自然の姿に恋することができたのは、とても幸せでした。

 「恋文」を届けることを通して、私は自分自身が救われて、癒されていったのだとも思います。何をそんなに恐れていたことがあったのだろうと。これまで最も恐れていた得体の知れない怪物の正体は、実は外側からではなく、私の内に巣食っていた呪いだったかもしれないと気づいたのです。

 誰もが生まれる環境を選べません。そんななかで、「恋文」は私にとって、これまで向き合えずに避け続けてきたものの正体を突き止めるまでの、闘いの記録でもあったのかもしれないと、今となっては思います。

 「八幡平への恋文」は、これにていったん、幕を閉じます。ですが、私はこれからも、境界線上でよろめく身体から、どうしようもなく溢れ出てくる言葉を、発し続けていきたいと思います。

 最後になりますが、この連載を読んでくださったみなさま、そして私と出会った八幡平市のすべてのみなさま、どうもありがとうございました。



いつになったら薪ストーブとスローライフは降ってくるんだろうと物思いに耽る、2016年ある真冬の日の夜
今川友美   



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