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連載コラム(8) ほんとうの「物語」

ほんとうの「物語」

 八幡平山頂に向かうドライブコースを走り、美しい山々の絶景に見とれていると、突如、セピア色の光景と化したアパートなどの建物群が、標高1000mの天空に、ぽっかりと浮かびあがる。ぼろぼろの壁から鉄骨はむき出し、割れた窓から木がのびていた。東洋一の硫黄生産量を誇り、半世紀にわたり日本の近代産業を支えた松尾鉱山を、初めて目にしたときのことだ。

往時の姿を残す旧松尾鉱山(6月5日撮影)
往時の姿を残す旧松尾鉱山(6月5日撮影)

鉱山跡のジオラマに見入る鉱山学園中等部の卒業生ら(6月10日、鉱山資料館で)
鉱山跡のジオラマに見入る鉱山学園中等部の卒業生ら(6月10日、鉱山資料館で)

 商談会の報告をする商工会職員(中央、12月12日)
商談会の報告をする商工会職員(中央、12日)

 1969年に閉山。当時では最新の設備と福利厚生を備え、最盛期には1万5000人が暮らした「雲上の楽園」と言われた都市が、よみがえることは、もうない。 

 けれども、ふるさとは、どんな形であれ、ふるさとであり続ける。松尾鉱山資料館によると、いまでも夏から秋の時期を中心に、学校やクラス単位で同窓会が定期的に開かれ、散り散りになった仲間が、ここに“帰って”くるという。 

 6月、鉱山学園中等部を54年に卒業した男女10人が、同館に集まった。国民的歌手の興行も盛んだった劇場公演や、当時の暮らしを映し出した写真の数々に、「懐かしい」と声を弾ませながら、見入った。 

 夜、八幡平温泉郷の宿泊施設の廊下に、リラックスした笑い声が漏れる。気持ち大きめに感じるのは、爆音のなか坑道を掘り、耳栓がなかった当時、聴力が衰えてしまった人も少なくないからだろう。 

 風呂上がりの浴衣姿で、より親密に語り合う3人組がいた。いずれも18歳から27歳まで働き、毎晩アパートに集まり、ビールを飲む仲だったという。3人組の一人で、今は神奈川県に住む幹事の佐々木繁さん(75)は「山のてっぺんで、何もすることがなかった。一生の友を得たのは、長屋での共同生活という特殊な環境があったから。あの時のように、今日も一晩語り明かします」と話した。 

 日中、訪れた鉱山跡の話題となり「懐かしくて涙が出た」と誰かが言うと、部屋の全員が深くうなずいた。だが、顔は次第に曇っていく。「変わり果てたふるさとをこれ以上見るのは忍びない。いっそ取り壊して自然に返してほしい」「時代は終わった」「俺たちだけで分かっていればそれでいい。息子にも話そうとは思わない」 

 常に落盤の危険にさらされる、削岩手を担当していた横浜市の男性(75)は、風邪をひいた自分の代わりに入った友人を失ったことに、いまでも自責の念を感じていた。ふるさとに惹かれれば惹かれるほど、「忘れたい」という相反する感情も募る。 

 日常的に死を意識せざるを得ない環境で働き、一つの会社や、時代の、終わりを見届け、この日まで生き残っていたことの奇跡を、噛み締め合う。経験したものしか見えない糸のようなものが、そこにいる彼らの間には、つながっていた。 

 私は、立ち去った。着任した4月以降、松尾鉱山を観光施設としてPRする役割を任され、関係者の証言の記録化や、開山100年にまつわる企画を進めてきた。8月には「100年を祝う会」で、鉱山の最大行事であった山神祭の神輿を半世紀ぶりに披露し、松尾鉱山音頭を輪になって踊った。 

 だが、関係者の話を聞くほど、市の観光PRという立場から、知らず知らずのうちに自分のなかで作られてきた筋書きが陳腐で、がらがらと音を立てて崩れていくのを感じた。 

 松尾鉱山を、観光施設として活用しようとする動きが活発化している。市商工観光課によると、周辺の宿泊施設の呼びかけを受け、4月以降、松尾鉱山をコースに含んだ旅行商品の検討が進められている。旅行会社の視察や問い合わせも相次ぐ。今月1日には、旅行代理店やメディアとの商談会が都内で開かれ、商工会職員が、松尾鉱山をテーマに初めてプレゼンテーションをおこなった。来月には、鉱山の歴史と文化へ理解を深めるモニターツアーが企画されている。 

 閉山から半世紀経ったいまも、県が年間5億円の経費を投じ、毎分18立方メートルの坑排水を、24時間365日休むことなく半永久的に中和処理し続けている。まさに「負の遺産」をプラスのイメージに転換させることは、市にとって長年の課題だが、事実上、手付かずだった。 

 そんな中、松尾鉱山にはいま、これまでにない熱い視線が、観光関係者の側から注がれている。半世紀を経た今も、松尾鉱山には、現代を生きる私たちの心を共振させる、何かがある。それをどう観光に生かしていけるかが、カギを握る。 

 だが、そこに生きた人たちや地域の思いを置き去りにしたままでは、真の価値は伝わらない。松尾鉱山を地域の宝として育てるためにも、いまも胸に生き続ける物語に耳を傾けていくことも、忘れてはならない。(今川友美)

   

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