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連載コラム(15) 祭りで新たな交流を

祭りで新たな交流を

虫追いまつりのようす(昨年7月)
虫追い祭りのようす(昨年7月)

「昔は最後、この川に藁人形を流し、送り出していた」と説明する畠山さん
「昔は最後、集落はずれのこの川に藁人形を送り出していた」と説明する畠山さん

利用者がめったにいなくなってしまったJR花輪線・横間駅
利用者がめったにいなくなってしまったJR花輪線・横間駅
横間集落の風景
横間集落の風景

 八幡平市内にはかつて、田植踊や裸参り、神楽といった郷土芸能や伝統行事が、たいていの集落に存在していた。このうち、今なおも受け継がれている約20種を、市は貴重な地域資源として無形民俗文化財に指定しているが、若者の流出や継承者の高齢化などによる担い手不足で、多くが存続の危機に立たされている。

 そんななか、横間集落(旧安代町)で200年以上にわたり続く「横間虫追いまつり」保存会は、来月19日開催の祭りの参加者を、集落以外の住民や、観光客にも募ることにした。集落の世帯数はここ数年で、26から19世帯に減り、子どもは一人もいなくなった。住民だけで維持するというこれまで通りのスタイルは「限界にきている」と感じた。

 保存会の畠山正徳会長(68)は「前日の準備から当日にかけて、観光客と集落の住民とが、ともに作業したり時間を過ごしたりすることで、これまでにない刺激や、新たな交流が生まれていけば」と期待を寄せる。

 畠山さんによると虫追いまつりは、江戸時代の天明の大飢饉の際、この地を訪れた修験者が、苦しむ村民の姿を見て「五穀豊穣」と「悪病退散」を唱え、太鼓を打ち鳴らしながら練り歩いたのが始まりとされている。

 戦後、一時的に途絶えたものの、1980年代半ばに復活。気づけば「いちばん若い人?おれの息子で、45歳かなあ」。そう屈託なく笑う畠山さんだが、現実はシビアだ。

 稲作に害を及ぼす虫を追い払うという意味合いの通り、田植え直後に行われていた祭りは、「それぞれの仕事の都合がつく日に合わせるため」と7月の第3日曜日に変更されて久しい。隣の集落の子供会の参加も期待しての措置だったが「あっちはあっちで日曜は行事と重なるし、かといって平日だと大人も仕事していて厳しいし」と、参加者の減少に長年頭を悩ませてきた。

 当日は、住民が持ち寄った藁で作った男女一対の人形とともに、行列を組んで集落内をめぐるが、「集落の人だけでは正直、行列にならなくてさみしい」。そんななか「ここ数年、どこから聞きつけたのか、写真を何枚も撮ったりして、一日中ここでめいっぱい楽しんで帰っていかれる観光の方が、一人、二人と増えてきていることに気づいた。じゃあ、ちゃんと募集をすれば、もっとたくさん来てくれるのではないか」と市に相談したという。

 いまや品種改良や農耕技術も進み、呪術的ともいえる行事の必要性が感じられる場面は少なくなった。にもかかわらず、そうした祭りを続けようと考えるのはなぜなのか。

 ぽつりぽつりと、畠山さんは話し始めた。「農薬や除草剤もなかった時代、なにを頼りにするかといったら、それ(祭り)だけがよりどころだった時代があった。いままでおじいさん、おばあさんたちが、口づてで自分たちに残してきてくれたのだから、途絶えさせたくない。ただそれだけでやっている。でも、自分たちで途絶えてしまうかもしれないわけだけど」。葛藤を含みながらも、強い思いがそこにはあった。

 これまで関係者だけの間でおこなわれていた郷土芸能や伝統行事を、観光客にも公開し、また観光客自らも参加し住民と交流することで、観光客にとっては旅の思い出に、地域にとっても活力として生かそうとする事例は、近年、全国各地で増えている。個人の観光客がそれを機に地域のファンとなったり、交流が始まったりして、第2のふるさととなったというケースも聞く。

 その地に生まれ育った人と、その地とは縁もゆかりもなく、ふらっと興味や観光目的で訪れた人という、一見、ミスマッチともとれる組み合わせーー。だが、どこの自治体や地域でも、未曾有の人口減社会にたいするこれといった処方箋を打ち出せないなかで、だからこそ、生まれ育った時代や生活背景、環境もまったく違うもの同士の交流やコミュニケーションが、これまでにない視点や角度で、地域の魅力を照らし合い、際立たせる鍵を握っているのではないかと、私は思う。(今川友美)

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