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連載コラム(10) 動き始めた時間

動き始めた時間

 地域、そして日本の経済成長を支えた松尾鉱山について、私たちは知っているようで、なにも知らないーー。

「松尾鉱山のこれからを考える会」のようす
「松尾鉱山のこれからを考える」(1月31日)

 

 標高1000メートルの八幡平中腹に突如、現れる巨大な廃墟群。そこにはかつて、東洋一の硫黄鉱山として栄えた、松尾鉱山の労働者や家族ら1万5000人の暮らしがあった。

 時の止まった風景は、今を生きる私たちに、なにを訴えかけるのだろうか。

 そんな素朴な疑問を、地域の人自らが問いかけ、自らの言葉で語りはじめようとする取り組みが、閉山から半世紀近い年月を経て、ようやく始まろうとしている。

 1月末、「松尾鉱山のこれからを考える」と題した勉強会が開かれた。呼びかけに集まったのは、鉱山にゆかりや興味のある20~80歳代の約30人。

 「岩手に生まれながら、松尾鉱山のことは教科書でしか知らなかった。赤川が赤いわけも知らないまま大人になり、気がつけば北上川は、サケが遡上する川になっていて……」

 盛岡から参加した40歳代の女性が、そう自己紹介すると、別の人がヤマでの暮らしを胸をつまらせながらも、饒舌に語り始める。

 危険な労働や過酷な冬と引き換えに、もたらされた手厚い待遇と豊かな暮らし。固い結束。別れ。朽ち果てていく故郷への複雑な思い。そこに自分は生きていた。思い出のどれもが、そう訴えているようだった。

 鉱山を知っている人と知らない人とが、ときに聞き手に、ときに語り手に回りながら、40数年間の空白のピースを、一つ一つ拾い集めていく。

 そんな作業のように映ったのは、小学校低学年まで、両親とともにヤマに暮らした50歳代の女性の印象的な話がきっかけだ。

 「(鉱山出身の)私自身が、鉱山が『雲上の楽園』と呼ばれる地だったということを最近になり知った。それほど豊かな暮らしをしていた実感もなく今まで生きてきたが、経済というキーワードで振り返ってみると、ほんとうに豊かなところだったと今になって実感する」

 豊かさへの価値観が多様化したいま、豊かさとはなんだろうかという根本的な問いを、私自身も突きつけられた。

 2時間近くにわたる、“作業”が終了すると、双方から「また会に参加したい」といった声が聞かれた。

 交流の輪は、広がっていくのだろうか。

 祖父母が鉱山出身の20歳代の男性は、昨夏、関東地方からUターンした。勉強会では、亡き祖父を知る参加者から図らずも声をかけられ、自身のルーツに思いを馳せたという。

 「おそらく自分が、鉱山出身者とつながっている一番若い世代。自らも学びながら、地域住民や後世に興味を持ってもらう催しを開きたい」と意気込んだ。

 それぞれの止まった時間が、いま、動き出そうとしている。(今川友美)

 

   

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